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青年江原会の歴史 第1章 青年江原会の発足

 青年江原会の発足
 「青年江原会報」1982年号によれば、「青年江原会」という組織は、昭和46年に江原会の若者有志が集い、6回の設立準備会議を経て、翌年の昭和47年(1972年)3月18日に発足したとある。当時、熊中・熊高の卒業生は、お互いの面識もなく、生活自体が個人的で仲間意識がなく、先輩と後輩との結びつきがかなり弱いという風評があった。特に熊高卒の若い層にその傾向が強いとも言われた。青年江原会の設立は「なにもせん江原会」と呼ばれていた親会に対抗して、せめて若い者だけでも同窓生としての連帯と友情を深め、積極的に日常活動を行いたいという趣旨であった。

 「青年江原会報創刊号」には、第一回発起人会は紅蘭亭において仲井徳定(高11)など25人で行われたこと、準備委員会が5回も開かれた模様が、かなり詳細に述べられている。そして同誌の冒頭には、沢田一精知事(中39)、河端脩前副知事(中40)、山田繁江原会事務局長(中32)はじめ各氏が、青年江原会昭和47年出発の祝辞を述べている。

 発足当初の青年江原会は原則として昭和31年卒から昭和40年卒までということであった。年一回、年度初めに総会を開き、講演会、ボウリング大会、新年会などの例会が開かれた。昭和58年から学年対抗ソフトボール大会、昭和60年には熊高グラウンドで大運動会、昭和61年の公開シンボジウムなど多彩な行事が行われている。
 青年江原会の会長は、第三代三重野会長から任期は一年となった。群雄割拠する江原会である。マンネリズムを排するためとはいえ、一年交代制とはなかなかの見識であると言われている。そのため各年度とも先輩の業績の殻を破ろうと趣向を凝らし、若者のエネルギーに満ちている。平成20年度までの歴代青年江原会会長は次のとおりである。
初代 卯野木盈二(高8)
二代 岩石恭典(高9)
昭和58年度 三代 三重野潤一(高13)
昭和59年度 四代 伊牟田久充(高14)
昭和60年度 五代 小島惟夫(高15)
昭和61年度 六代 勇知之(高16)
昭和62年度 七代 石原光太郎(高17)
昭和63年度 八代 近沢真人(高18)
平成元年度 九代 米村勲(高19)
平成2年度 十代 増田和正(高20)
平成3年度 11代 井上清明(高21)
平成4年度 12代 永田壮一(高22)
平成5年度 13代 宮村健一郎(高23)
平成6年度 14代 石原靖也(高24)
平成7年度 15代 蔵野信也(高25)
平成8年度 16代 矢ケ部英二(高26)
平成9年度 17代 森徳和(高27)
平成10年度 18代 西野隆一(高28)
平成11年度 19代 清村正弥(高29)
平成12年度 20代 高木宏一郎(高30)

平成13年度 21代 田中隆臣(高31)
平成14年度 22代 長生修(高32)
平成15年度 23代 吉浦正剛(高33)
平成16年度 24代 木下智弘(高34)
平成17年度 25代 岡村郷司(高35)
平成18年度 26代 下川泰(高36)
平成19年度 27代 高木一孝(高37)
平成20年度 28代 松村庸正(高38)


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