本文へジャンプ 管理者 青年江原会事務局
             

 

江原太鼓の来歴 江原太鼓の歴史の紹介

 江原太鼓のはじまり
 江原太鼓の名称で呼ばれる大太鼓の集団の始まりは私も知らないが、かなり古い。青年江原会が祭りに出始めて少し経った頃だと思われる。当時は山車があり、人が乗り太鼓を積む事が出来た。そこに薄い大きめの平太鼓が登場した。これが江原太鼓の始まりである。当時は山車に乗せて青年江原会のシンボル的な存在であった。その当時の叩き手は39会の増永である。

 その後、昭和60年過ぎに新しいカッコいい太鼓を購入したいと言う動きがあり62年に今の赤い大太鼓を購入する事となった。多くの先輩が県内を走り回り、ケヤキの1本刳り貫き物の古い胴を探し出し、宮村太鼓にお願いして補修の上、皮を張り購入することとなった。これを購入するに当たっては胴の横に名前がある高額寄付の先輩をはじめ多くの先輩方の寄付によって青年江原会に寄贈されたものである。42会の前夜祭がこの太鼓のお披露目となり市民会館を大いに沸かせた。この時の叩き手は今の総取締役の44片山と46佐藤である。噂に拠ればこの代金を完納するのに44会の頃までかかったと言う話もある。

 その後も前夜祭で披露するばかりでなく、本祭にも出していた。当時は山車が大きかったこともあり、山車に積んで赤太鼓の音と共に青年江原会の本祭があった。シンボルとして一世を風靡したものである。

 福田隆の登場
 47会の前夜祭を迎えるに当たり何やら秘密練習が始まった。9月に入り披露されたが赤い大太鼓・大き目の中太鼓・小太鼓、締太鼓をそれぞれ47石原・51末松・47福田を叩き手とする福田隆作曲の『江原太鼓』である。当時、和太鼓ブーム等は無い頃でそれは粋で勇壮な姿であり前夜祭でも大反響であった。翌年も前夜祭ではこの曲を使い叩き手が52林田・51末松・48藤野となる。その後もメンバーを変えながら49淵田・59伊藤などを加えながら青年江原会ボシタ出場20周年を迎える。その時のステージでは大太鼓に淵田・林田、中太鼓に伊藤、小太鼓・締太鼓に藤野・福田で演奏をする。多団体からは青年江原会の祭りに纏わる趣味の多さに羨望のまなざしが向けられる。因みに、この曲の出だしの『ドドンがドン』はずいぶん昔に夕随兵に向かうのに『さあ行こかい。さあ行こかい・・・・』と言いながら昼寝から起き上がり集合して行った時の掛け声から来ている。(福田隆談)

 この年から本祭の山車に赤太鼓を積む事が規制により不可能になった。50会の祭りの年である。


 江原太鼓保存会
 またこの年にこの江原太鼓を未来永劫に残していくために青年江原会の中で正式に組織として残していく為に『江原太鼓保存会』を発足させた。従来より江原太鼓基金などを作り祭りの剰余金から太鼓の補修費に当てていたが、この年から正式に規約を作り運営していく事とした。この規約の大きな柱はいくつかあるが趣旨は次の通りである。
@太鼓をはじめとする財産の所有は青年江原会である。
A保存会の会長は青年江原会の会長である。
B運営は代表世話人を置いて運営していく。
C叩き手は楽隊長の推薦を必要とし、会長の承認を得る。
D太鼓の補修、新規購入等の為に基金を設け、その主な収入は毎年の祭りの中から実行学年が組み入れるものとする。但し、金額は学年の財政事情にも拠る.
E財産目録を作り管理する。

  初代の代表世話人は47石原であり、2代目が現在の52林田である。

 現役生の『江原太鼓同好会』の発足と100周年
 7・8年前に現役生の中からこの太鼓を打ちたいとの申し入れがあり、青年江原会の中で話し合いをし、喜んで協力する事とした。福田隆も交え指導に入り入学式で打った彼らの江原太鼓は新入生・在校生のドキモを抜く物であった。その後同好会として校内で運営されていくことになり現在も代々、予餞会や音楽祭などで活躍している。

 この頃100周年の記念パーティーで江原太鼓の発表の場の企画があり、色々な事を考えた。その中で現役とOBの合作による江原太鼓は出来ないものか?と思い立ち実行する事とした。その為に福田隆作曲『新・江原太鼓』が新譜として完成した。その内容については100周年に出席された方はご存知の通り、十数人の奏者による素晴らしい迫力有る物であった。


 現在、そして未来
 現在も現役生は同好会として存在し、その後卒業生として江原太鼓に参加してくれるメンバーも居る。そして現役とOBの交流も練習や交流会などで続いている。また新しく『平成大太鼓』の新譜も上がり、レパートリーも増えている。

 江原太鼓の歴史は古く、祭りから発祥して20年以上が経つ。最初に青年江原会の祭りの為に寄贈頂いた先輩方の思いは我々の喜びとして花開き継続して来ている。そして未来永劫の発展を願い、我々は組織も規約も作ってきた。勿論、最大限のパフォーマンスもしてきた。祭りとは一歩違った方向の動きも数多くある。杓子定規に組織や規約にとらわれる必要は無い。しかし、数少ない長く続いている和太鼓の集団として打ち手の心意気と先人の思いを応援して行きたいと思う。

また、この保存会の会長を青年江原会の会長にお任せする事が我々青年江原会の思いの常識であり、長く継続できる理由であり、素晴らしさであると思う。


(文中の敬称略と多少の勘違いはご容赦ください)

第2代 江原太鼓保存会代表世話人 林田淳一






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